基肄城水門感謝セレモニー

基肄城の水門が今月末から4年間をかけて修復・改修されることになった。改修に先立ち水門に感謝するセレモニーが実行委員会(肥前文化財研究会、ころころ保育園、CSO楽園基山、CSO活動拠点サポーター、高吉和博)の手で開催された。
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基山町教育会が出前講座で基肄城の歴史を紹介された。
朝鮮半島南端の拍村江の戦いで敗れた大和朝廷は大宰府政庁を防衛する目的で博多湾からの攻撃に備え水城と大野城を作り、有明海からの攻撃に備えて基肄城を築城した。
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ころころ保育園の園児、城戸、丸林等地元有志が共同して基肄城が築城されたころの歴史を演じてくれた。

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終幕は園児および老若男女の参加者全員がシャボン玉を空に飛ばし感謝セレモニー終わった。
地元の先祖が築城にかかわり、その子孫(現住民)が城址を丁寧に保存されている。
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日本は今日に至るまでに外国との戦いを3度した。
一度目は大和朝廷の時代朝鮮へ出兵した。
二度目は豊臣秀吉が挑戦征伐を行った。
三度目は大東亜戦争である。
一度目(基肄城)と二度目(名護屋城)の史跡が国指定として佐賀県に二つある。
ちなみに佐賀県には3つの国指定の史跡がある。

上記に加えて吉野ヶ里歴史公園である。
これらは各点として継承するのも一つの方法であるが、各史跡がコラボし、点を面として活用することにより更に価値が生まれ効果が出る。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by airborne-freefall | 2010-11-10 21:59 | 地域関係

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